批評家・音楽家として多岐に渡る活動を展開してきた大谷能生の最新作『Jazz Abstractions』は、ジャズ・ヒップホップである。しかも、blacksmokerのエクスペリメンタル・ミュージック・シリーズの第5弾としてリリースされる。大谷はここでラップにも挑戦している。この、ひと筋縄ではいかない音楽家の、ひと筋縄ではいかないジャズ・ヒップホップ・アルバムの深層と背景に迫ろう。




-----まず、ブラックスモーカーから作品を発表するに至った経緯から話してもらえますか。

 去年、ブラックスモーカーの実験シリーズから伊東篤宏さんがアルバムを出したじゃないですか。「いいなぁ、オレもブラックスモーカーから出したいなぁ」って思ってたんですよ。コンテンポラリー/ハードコア・ダンスの大橋可也さんの舞台音楽をやったときに、斉藤洋平くん(ROCKAPENIS)が映像を担当していて、彼がブラックスモーカーの人たちと昔から知り合いだというから顔つなぎをしてもらった。それで、僕の音源を彼らに渡したんです。だから、積極的に僕の方からアプローチしたんですよ。



-----なるほど。

 もともとシンク・タンク組のファンだったんですよ。彼らは即興演奏の対応力があるし、自分がやっている音楽と近いものを感じていたんです。フリージャズに近いところもある。だから、彼らとならいっしょにやれるなと思っていましたね。キラー・ボングが出しているミックスCDも何枚か買ったことがあります。



-----大谷さんは実はヒップホップが大好きなんですよね。

 僕はさんピンCAMP世代で。「ブッダ・ブランド帰国」とか(笑)、すごい面白かった。キングギドラの『空からの力』とか、ソウルスクリームとか、リノとか、ライムスターの一枚目とか。きりないですけど、むちゃくちゃ聴いていました。当時すでにジャズをやっていたけれど、同時代の音楽としてはヒップホップが大好きだった。どっちかっていうと、やっぱりDJ、プロデューサーメインの聴き方で、プレミアとかメイン・ソースとか、いちばん好きだったのはピート・ロックですけど。『Jazz Abstractions』にもその感じが出ていると思うよ(笑)。でも、90年代の頃は、まさか自分がヒップホップをやるとは思っていなかった。ところが、simというバンドでPCを担当するようになってから徐々に変わりはじめて、2006年ごろからですね。その頃から、PCでトラックを作ったり、編集したり、録音したり、そういうことができるようになっていった。PCで制作した楽曲をライヴの現場に持っていくようにもなった。根がジャズ・プレイヤーだから、PCの作業なんてやりたくないと思っていたんですけどね。オーディエンスの前で、PCをカチカチいじるなんて「ダセェな」って思っていたし(笑)。あと、曲を組み上げていく作業を一人でやると止まらなくなって、本当にオタクみたいになってしまうと思っていた。楽曲制作が自宅で完結できるようになったら想像力とか止まっちゃうと思っていた。ところが触ってるうちにね、PCで作業ができるようになって、ジャズをサンプリングして並べるところからはじめて、ミックスCDまで作るようになったんです。



-----『Jazz Abstractions』もミックスCD的な作りになっていますね。

 それまでも、出来るようになってからクラブ対応のビート・ミュージックやジャズを中心にしたミックスCDを作ってはいたんです。ビリー・ホリデイからウェス・モンゴメリー、最後はカーラ・ブレイの曲にミックスしていくようなミックスCDを作って、ライヴの現場で売ったりもしていた。『Jazz Abstractions』はそういうミックスCDが元になっている。



-----『Jazz Abstractions』は、どのように制作していったんですか?

 メインで使っているのはAbleton LiveというソフトとターンテーブルとCDJですね。Ableton Liveでサンプリング・ソースを切り出したり、ビートを作ったり。ただ、漠然と作っているだけだと、アルバムにはならないから、どうしようかと考えた。そこで、12人のジャズメンのポートレートを作るように12曲を作ることにしたんです。それを思いついてから一瞬で曲ができていきました。セロニアス・モンクで一曲、オーネット・コールマンで一曲、エルヴィン・ジョーンズで一曲、そんな風に制作していったんです。そうすればコンセプチュアルだし面白いと思った。今回のアルバムの曲を分類すると、アブストラクト、マッシュアップ、コラージュ、ラップという四つのパターンの曲があって、それと、ストレートに参照しているわけじゃないけれど、イメージにあったのは、クリスチャン・マークレーの『モア・アンコールズ』というアルバムで、それは一曲が一人のミュージシャンの素材のコラージュで作られている。ジミ・ヘンドリックスとかルイ・アームストロングとかを使って。あと、ジョン・ゾーンは曲名に女優の名前を使ったりするし、ヒッチコックの映画の予告編みたいなイメージもありましたね。バババババッと役者の名前が格好良く出てくるじゃないですか。そういうことをヒップホップでやりたかった。



-----ジャズをサンプリングして、ヒップホップを作るときに参考にした、あるいは、イメージとしてあったミュージシャンやDJはいますか?

 イメージというか基盤にあるのは、DJ ヴァディムとクラッシュさんですね。インストで、ぶっといロービートの、基本ワンループで聴かせるというね。



-----例えば、DJ カムやDJ シャドウはどうですか?

 それほどサウンドとしては好きじゃない。僕はどちらかと言えば、クリック・ハウスとかミニマル・テクノの音色が好きだし、ループがしっかりしてるものの方がいい。『Jazz Abstractions』は、クリック・ハウスやミニマル・テクノのフリージャズ・ヴァージョンのつもりで作りたかったんだけど、それにしては音数がちょっと多くなりすぎたかな、と反省もしてます。



-----では、一曲一曲、楽曲解説をしていってもらえますか。

1. Thelonious Study #1

 この曲では、クリント・イーストウッドが監修した『ストレート・ノー・チェイサー』というセロニアス・モンクのドキュメンタリー映画をサンプリングしています。素材として使っているのは、リハーサル・シーンのおしゃべりだったり、YouTubeから拾ってきた、モンクが出演しているテレビ番組ですね。これがいちばん昔に作った曲ですね。自分のライヴでは、普通にモンクの曲をアレンジして演奏もしてるんで、「セロニアス研究」の一環ということで。


2. Coleman`s Mushup TV Dinner

 これはまんまオーネット・コールマンです。もともとオーネットのテーマを何種類か使って演奏してた頃の曲のタイトルをそのまま使った。


3. Bob James

-----ボブ・ジェームスといえば、“ノーチラス”がサンプリング・ソースとして有名ですね。プレミアもRZAも使っていますし、ヒップホップのまさに定番ネタですが。

 だけど、僕がここで使っているのは、ボブ・ジェームスがメジャーに行く前にESPから出している『エクスプロージョン』というアルバムです。そのアルバムの音だけで作りました。ピアノ・トリオのジャズとしても格好良いんだけど、エレクトロニクスが入っていて、すごく変わった作品なんですよ。「ピーッ」とかいう奇妙な電子音が入っていて、エレクトロニクスの即興としてもすごく面白い。


4. Percussion Bitter Sweet

 この曲はマックス・ローチのアルバムのタイトルです。とにかくタイトルが格好良いから、一曲作りたいと思ったんです。まず七拍子のループを作って、リズムを足して、途中からエリック・ドルフィーのソロがドンッと入ってくるように作った。ラップはやりたくてやったわけじゃなくて、曲の組み立てで少し悩んで、じゃあ、ラップでもしてみようかと思ってやったんです。まあ、あとづけです(笑)。そういう合わせ技で作った。マックス・ローチはどこにでも参加しているドラマーだけれど、実はあまり聴かれていないし、ちゃんと評価されていない。『パーカッション・ビター・スウィート』と同時期に作られた『ウィ インシスト!』とか、かなりコアなアルバムで、聴いてもあんま楽しくないからみんな聴かないんですよ(笑)。



-----大谷さんが『Jazz Abstractions』で参照したり、引用しているのは、例えば、ストラタ・イーストやブラック・ジャズのような、クラブ世代、ヒップホップ世代から支持されているスピリチュアル・ジャズやジャズ・ファンク、あるいは70年代のフュージョンではありませんね。その、ある種の“ズレ”がこの作品を特異なものにしているのではないでしょうか。

 僕はソニー・ロリンズやマイルス・デイヴィスといった王道のモダン・ジャズのサウンドがとにかく好きなんです。マイルスもプレスティッジの頃の『リラクシン』なんかがいちばん好きで、いわゆるブラック・ミュージックとしてのジャズは、50、60年代にとどめを刺す。ストラタ・イーストやブラック・ジャズは基本的に興味がなくて、それだったら、Pファンクやヒップホップのほうが断然好きだし、70年代後半のスピリチュアル・ジャズよりはジョン・コルトレーンに圧倒的に感動するタイプ。あと、自分はプレーヤーなので、同世代のDJがジャズをダンス・ミュージックとして捉えるようなジャズ観とは異なっているんです。ダンス・ミュージックとして聴けば、スピリチュアル系のジャズは機能的で良いのかもしれないけれど、僕にとっては“不可思議さ”がないというか、構造的にどれも同じに聴こえてしまう。スピリチュアル系のジャズはリズムとソロとの関係があまり面白くないんですよ。


5. No Cover,No Minimam

 この曲は、ビル・エヴァンスのタイトルからきています。「No Cover,No Minimam」というのは、ライヴハウスでチャージを取られないという意味なんです。あと、『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・バンガード』のライヴ盤を使っています。ライヴの雰囲気を漂わせながら、ロービートを聴かせている。



-----この曲には、ディアンジェロのスモーキーなR&Bっぽいテイストがありますね。

 それは少し意識していますね。スモーキーなR&Bは好きですよ。ディアンジェロなんかのざわざわした感触は、ジャズのライヴ盤に入っているノイズに極めて近いものだと思いますね。僕が最初に、「これがモダン・ジャズだな」と意識して聴いたのは、ソニー・ロリンズの『ワークタイム』なんですけど、アルバムの最初にドラムのチューニングの音や人の声やざわめきが入っているんです。それがすごいカッコイイと思ったんです。この曲でもそういう“ノイズ”をつないでいます。ディアンジェロはそういう“ノイズ”をデジタルでキレイに聴かせることができるのがすごいですよね。ディアンジェロはどうにかして攻略したい(笑)。


6. Elvinnvie

 これは三種類のエルヴィン・ジョーンズを使っています。インパルス、プレスティッジ、ブルーノート、それぞれのレーベルに残したエルヴィンの作品を使っています。メインはプレスティッジの『オーヴァーシーズ』です。このアルバムのエルヴィンのブラッシュの格好良さといったらないですよ。本当に最高です。エルヴィンのドラム・ソロだけ聴いていたい! 


7. Cumbia Jazz Fusion

 これはチャールズ・ミンガスのアルバムのタイトルですね。音楽的にはクンビアではないのに、なぜか、クンビアというタイトルがついている。で、僕はここにドン・チェリーを混ぜたりして遊んでいます。この曲はマッシュアップで再構成されたフリージャズのサウンドということで。ただ、一口にフリージャズと言っても、ドン・チェリーもアルバート・アイラーもフリージャズというひとつの箱に入れることはもちろんできません。全部バラバラなんですよ。構造がそれぞれ違う。例えば、オーネットと後期コルトレーンの構造はまったく別物です。楽器や編成が同じだから似ているように聴こえてしまうかもしれないけれど(笑)、まったく違う。オーネット・コールマンは民謡、フォークっぽいんですよ。あの人のやっている音楽は、構造的にはブラック・ミュージックには聴こえない。ブラック・ミュージックの基本はテンポが揺らがないことなんだけれど、オーネットはタイムキープができなかった。タイムキープができなければ、揺らぎもクソもないんです。最初から揺れ揺れだから。彼はその資質を最後まで押し通したところがすごい。アルバート・アイラーもタイムキープができなかった。一方、コルトレーンはどんなにいろいろなことをやっていても、体の中でも頭の中でも、ちゃんとタイムキープができている。それは彼の楽曲を分析してみるとわかります。やっぱり彼はスウィング・ミュージック上がりだから、すごい練習もしているしね。基礎がしっかりしている。


8. DlsMcx

 これこそまさにDJ ヴァディムとクラッシュさんの影響で作りました。『マルコム・X・スピークス』に付いてくるCDに入っているマルコム・Xの演説をCDJでスクラッチして、ビートはデ・ラ・ソウルを細かくチョップして使っている。だから、“Dls”はデ・ラ・ソウルで、“Mcx”がマルコム・Xということです(笑)。


9. Thelonious Study #2

 これは先にビートがあって、ラップは適当にやりました。ラップは押韻の面白さから作り始めるタイプですね。押韻でワンフレーズできたら、さらにそこに言葉をくっつけていく。「セロニアス・モンク」とか「ヘイ、モンク」って
言いたかっただけなんです(笑)。もちろん僕はラッパーではないし、ラップはそれぐらいのレヴェルです。自分のことを語りたいとかは全然ないんです。



-----ラップの言葉の意味に引っ張られたりはしないということですね。

 僕はラップのメッセージ性にはほとんど興味がないので、何を言っていてもスルーしてしまうんですよ。押韻的な面白さにしか耳がいかない。だから、ラップだけで言えば、たとえばラッパ我リヤ。山田マンとQは最高じゃないですか! あの訛りもすごいし、五連とか六連でラップしてくる。もちろん、ビッグネームはみんな好きで、ナズとかコモンとか。ザ・ブルー・ハーブも好きですよ。とくにザ・ブルー・ハーブはファースト、セカンドの頃ですね。イル・ボスティーノは複数の意味を一つのリリックにねじこんできたりするじゃないですか。そのダブル・ミーニングの面白さがありますよね。


10. Conquistador!

 これはセシル・テイラーの好きなアルバムのタイトルです。ある曲のテーマを三拍ぐらいずらして、使っています。セシル・テイラーはぎりぎりブラック・ミュージックなんですけど、むちゃくちゃハードで、複雑な構造を持っているミュージシャンですね。セシル・テイラーもまだまだ解明されていない。ぼんやりとしたイメージだけ語られてきた人で、彼の音楽の構造を分析して、批評している文章を読んだことがない。でも、セシル・テイラーのメソッドはちゃんとあるんです。この曲では、彼の音楽の構造をつかみ出そうと試みてみました。


11. I'll Remember April Rejoice

 スタンダードとアルバート・アイラーの曲名のマッシュアップですね。バックトラックは、西海岸ジャズの有名どころから抜いてます。で、曲中に入ってくるのは、『スピリチュアル・ユニティ』のゲイリー・ピーコックのベースで。ドラムはミルフォード・グレイブスとサニー・マレーを使っていて、それをローピッチにして、手で回している。ミルフォード・グレイブスが叩いている映像を見ているとすごいですよ。彼はものすごいテクニシャンなんですよ。フリージャズ系のドラマーで僕が好きな人です。


12. Strange Fruits

 これは言わずと知れたビリー・ホリデイの名曲ですね。リリックでは個人的な南部のイメージを描いてみました。マディ・ウォーターズみたいな50年代のシカゴ・ブルースも大好きだけど、リズム&ブルースにいく前のカントリー・ブルースが僕はとにかく好きなんです。ロックよりはブルースが好きだし、現代音楽とかも好きだけど、それは物凄く偏った、変わった発明品を聴く楽しみであって、基本的にはブラック・ミュージック側の人間なんです。だから、『Jazz Abstractions』もそうだけれど、僕は常にブラック・ミュージックの倫理と理論に従って音楽をやっているつもりで、それはつまり、生産の現場はつねに「いま、ここ」にあるということです。譜面に書かない、家に持ち帰らない、紙が作品じゃない、ということを前提に、この現場をいつでも、何度でも作品化してゆく。これからやっていくことが過去でも未来でもあるという場所に立ち続けられるのが理想ですね。


(インタヴュー・文/二木信)







ARTIST : YOSHIO OOTANI
TITLE : JAZZ ABSTRACTIONS
FORMAT : CD
LABEL : BLACK SMOKER RECORDS
PRICE : 1,890円
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